このページ(ブログ)について
- masakatsu03akatsu2
- 2016年3月15日
- 読了時間: 1分
このブログはこのページの前身である「白滝記」というサイトの、考察を移したものです。 ブログタイトルの()内が最初に記事が書かれた日付を表しております。 今回、このページに転載するにあたり、修正した箇所もございますが、ほぼ当時の文章であることをご了承ください。 なお、以下にこのページを作成するにあたり、参考にした文献を載せておきます。 ・「合気道開祖 植芝盛平伝」植芝吉祥丸 出版芸術社 ・「植芝盛平パンフレット」白滝村教育委員会・・・白滝村で作ったパンフレット ・「武田惣角と大東流柔術」合気ニュース
・「~ある山村の四季と暮らし~大雪山のふもとから」白滝地区林産協同組合農文協
・「植芝盛平と合気道」合気ニュース
・「続・植芝盛平と合気道」合気ニュース
・「白滝村史」白滝村史編さん委員会
・「紀州団体長 植芝盛平翁の足跡」太田実(自費製作)・・・白滝村の歴史を研究し、まとめた本「白滝ところ処」より大先生の記述のみを抜粋した小冊子。
・「白滝村史編さん委員による開祖へのインタビューテープ」・・・昭和42年頃、村史作成のために行われた開祖へのインタビューを録音したテープ。長らく行方不明だったが、平成18年に発見された。
・「季刊 道」合気ニュース(雑誌)
最新記事
すべて表示前回「開祖はなぜ白滝に移ったか」を考察し、国のために働きたいと言う思いと生きがいを白滝に見出したのではないかと結論づけた。 事実、開祖は和歌山紀州団体の団体長として、初めて白滝に団体移住しており、その後の活動もめまぐるしく、ついには「白滝王」の称号で呼ばれることにもなる。し...
白滝は開祖が開拓の鍬をふるった土地として知られる「合気道ゆかりの地」の一つである。ほかに開祖が主に活動した土地として挙げられるのは、故郷和歌山の田辺、大本に入信した京都の綾部、戦前に道場を構え修行に打ち込んだ東京、戦後の修行地茨城の岩間などがあるが、他の地区と比べると白滝だ...
開祖は大変信心深かった方として知られている。幼少の頃から加持祈祷に興味を抱き、白滝を離れて後は大本教に入信することで、武術も飛躍的に上達したとされる。また、最後に自身の道場を構えた岩間においては自ら世界唯一の「合気神社」を建立している。今回は開祖と白滝の神社との関わりを考察...